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コラム

日本の核シェルター事情は?【2022年版】

ロシアのウクライナ侵攻問題を契機に、「核シェルター普及率0.02%」と言う世界主要国で最も貧困な日本の核シェルター設置に対し、2022年2月以降、国防分野の識者を中心に核シェルター設置に関する議論が活発化しています。ここでは筑波大・院生研究Gの発表、熊谷裕人参議院議員が国会に提出した質問主意書、核シェルター設置に関する識者の指摘・提言などの「日本の核シェルター事情」を紹介します。

筑波大・院生研究Gが発した「日本の核攻撃対策問題点」の衝撃

2018年、筑波大学の院生研究グループが発表した「有事の避難可能人数は最大128万人」との現実的な数字が、日本の核攻撃対策関係者に衝撃を与えました。これは同年、同グループが発表した研究論文『日本の核攻撃対策に関する調査』によるものです。

同論文は、「東京を始めとした全国の大都市には広大な地下空間がある。しかし核攻撃を受けた際にこの空間利用を想定した避難計画は存在しない」との事実認識に基づき、以下の3点を考察しています。

  1. 海外の核シェルター設置事例を参考にした日本に必要な核攻撃対策の考察
  2. 実際に核攻撃を受けた際に、周辺の地下空間を利用して国民が避難するための経路の把握
  3. 核攻撃を受けた際の活用が期待されている東京都心部の地下鉄空間を利用した避難経路の策定

同論文が特に衝撃的だったのが、3の「東京都心部の地下鉄空間を利用した避難経路」だったと言われます。同グループはこの研究の前提として、50ktの核弾頭ミサイルで国会議事堂を攻撃された場合を想定した被害シミュレーションを行いました。その結果、以下が明らかになりました。

  1. そのエリアにあるすべての人・物が焼き尽くされる「火球範囲」は爆心地の半径290m
  2. そのエリアに致死量の放射線がばらまかれる「致死放射線範囲」は同500m
  3. そのエリアにある建物が全部破壊される「爆風範囲」は同6㎞
  4. そのエリアにいるとレベル3の火傷を負う「爆発熱(熱風)範囲」は2㎞
  5. そのエリアの建物の窓ガラスが砕ける「爆風範囲」は3㎞

このうち範囲1~3は、その範囲内にいる人間の生存は絶望的と言われるエリアです。

次に同グループは、「大都市で核攻撃を受けた際にアクセスしやすい避難経路」として地下鉄網に着目。東京都心部が核攻撃を受けた際の避難経路として利用可能な東京メトロ全線と都営地下鉄全線の計13路線を対象に実地調査を行い,シミュレーションしました。その結果、以下が判明しました。

  1. 北・南・西エリアの路線は地下鉄空間を利用した都心部から危険エリア外への避難が可能
  2. 東エリアの路線は荒川に阻まれるため避難は不可能

東京メトロは5路線、都営地下鉄は3路線の計8路線が利用可能と結論付けました。

これに基づき同グループは「地下鉄網を利用し、核弾頭爆発から10時間以内に避難可能な人数」割り出すため、次のパラメータ設定によるシミュレーションを行いました。

  • 地下鉄線路内を歩く際の人数:一列 4 人
  • 避難時の歩行速度: 4km/h
  • 線路内を歩行する列の前後の距離: 1m

その結果、以下が割り出されました。

・シミュレーション1:避難出口が1路線しかない場合の避難可能人数

4 人× 1000× 4km/h×10h × 2= 32万人

・シミュレーション2:避難出口が複数路線ある場合の避難可能人数

32万人×路線数=32万n人

つまり、避難出口が1路線の場合は32万、避難出口が最大4路線の場合でも128万人しか避難できない推測値が明らかになった訳です。2013年現在の東京都の昼間人口は約1500万人。したがって人口が多い昼間に核攻撃を受けると、8.5%しか避難できない計算になります。

このシミュレーション結果を踏まえ、同グループは「地下鉄網利用のみの昼間人口全員の避難は不可能。地下鉄網以外の避難経路と避難方法を検討する必要がある」としています。

核シェルターに関する熊谷裕人参議院議員の質問と噛み合わぬ政府答弁

上述の筑波大学の院生研究グループが発表した研究論文との関係性は不明ですが、2019年12月4日、熊谷裕人参議院議員は国会に「核シェルターの普及状況に関する質問主意書」を提出。

  • 世界各国では核弾頭ミサイルの脅威への備えの重要性を認識し、核シェルター整備を政府主導で進めている
  • 一方、日本では核シェルターの普及がまったく進んでおらず、政府内では議論すら行われていない

と趣旨を述べた上で、以下を質問しています。

  1. わが国の核シェルターの普及状況及び米国、英国、ロシア、イスラエルなどの普及状況について政府が把握しているところを示されたい
  2. 核シェルターの整備については、国民的な合意を得られるかどうかは難しいとの認識が現時点でも政府内で維持されているとの理解でよいか
  3. 政府は日本の領域内において弾道ミサイルの落下または通過の可能性がある場合、Jアラートで国民に待避を促すのであれば、核弾頭ミサイルの攻撃にも耐えうる核シェルターの普及を図るべきではないか
  4. 政府は日本の領域内において弾道ミサイルの落下または通過の可能性がある場合に、Jアラートで建物や地下への避難を国民に促しているが、その避難場所が核弾頭ミサイルの攻撃に対して有効な核シェルターとして機能すると考えているのか
  5. 多くの有識者からもその必要性が指摘されているように、政府はこれまでの見解を修正し、政府主導で核シェルター普及に向けた検討を開始すべきではないか

これに対する答弁書を当時の安倍晋三総理大臣は同年12月17日、国会に提出。要旨次のように述べています。

  1. 核シェルターについて国際的に確立した定義はないと承知している。国民保護法(2004年6月成立の「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」)の規定により、都道府県知事は、武力攻撃事態においては住民を避難させるため、一定の基準を満たす施設を避難所として指定しなければならないとされている
  2. 政府としては、武力攻撃事態における住民の避難に関し、核弾頭ミサイル着弾による被害をできる限り軽減する観点から、コンクリート造り等の堅牢な施設や地下街、鉄道地下駅舎などの地下施設への避難が有効であると認識している。このため国民保護法の規定に基づく「国民の保護に関する基本指針」の一部を改正し、都道府県知事による避難施設指定に当たっての留意事項として、「これらの地下施設を指定するよう配慮する」ことを明記した

なお安倍総理大臣が答弁書の拠り所にした国民保護法による避難施設には、核シェルターの発想はなく、当該避難施設は大規模自然災害発生時の避難所と変わらないとの見方もあります。

日本における核シェルター設置事情

核シェルター普及に関する政府の基本姿勢が変わらぬまま時が過ぎ、ロシアのウクライナ侵攻問題を契機に民間レベルでの論議が活発化しています。例えば2022年5月の主なものだけでも、国防分野の識者による次の指摘・提言がなされています。

2022年5月1日付FNNプライムオンラインː石破茂 元防衛大臣

フジテレビの報道番組に出演した同氏は、その中で「日本で核シェルター普及が進んでいないのは異様なこと」との危機感を示し、早期の整備を訴えています。

2022年5月6日付ロイターː末次富美雄 サンタフェ総研上席研究員

同氏は言論・研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」において、有事における民間人保護の在り方を論じる中で、「国民保護計画において内閣府が指定している避難所は大規模自然災害発生時の場所と同じ。そこには武力攻撃事態下における攻撃に耐えられるか否かの視点がない」と指摘しています。

2022年5月18日付夕刊フジː大原浩 大原総研代表取締役

同氏は「夕刊フジ」への寄稿の中で、ウクライナにおけるロシアの戦術核使用可能性の問題に触れた後、日本においては民間核シェルターの普及が遅れていると指摘。「「核シェルター補助金、核シェルター減税などの措置制度により早急に普及を図るべきだ」と提言しています。

まとめ

ロシアのウクライナ侵攻に端を発した国際関係の緊張は、日本における核シェルター設置の重要性と緊急性に対する警鐘と言われます。しかし今から大都市部の地下に公共核シェルターを設置するのはハードルが高すぎると言われています。公共核シェルター設置の対象となる商業施設、オフィスビル、病院、ターミナル駅、公共施設はすべて様々な利害関係や特殊事情が絡まっているので、その調整に労力と時間がかかりすぎるからです。

この流れを受け、公共施設に頼るのではなく個人で核シェルターを設置する必要性にも注目が集まっているといえるのではないでしょうか。

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